先哲の故教を温ねて現代に活かす【その5】

 ※本編はリーダー論について2006年に執筆したものです。
 

■第四章 リーダーの示すCSR(社会的企業責任)

 
   

 道(自然)から外れて「人の世の役に立てる」道理がない。道理のないところに、社会的企業責任は生まれない。

 宇宙=自然界(天)=道(道教ではない)を体現できる人間でなければならない。すべてが宇宙の変幻自在な変化であり造化である。極小の惑星(地球)で生きとし生きるものすべてが生成化育していることを身体で実感しなければならない。
 リーダーは、宇宙造化のはたらきの中で生命を維持していることを理解し、人間(呂新語(りょしんご))のつくった人格形成の三資質『深沈厚重・磊落豪雄・才知弁明』をバランスよく持ち合わせた上に、強い信念と勇気と自己犠牲によって「公けを司る公平無私」の尊い精神がなければ真のリーダーは務まらない。
 次に、人格ができるとルールや合理的なテクニック(手段・方法)の知識を身につけなければならない。人間観・人格を磨くことで、知識を叡智・知恵に昇華していくことが可能になる。人間観・人格は、生まれたときから、親から正しく修養してもらわなければ正しく身につくものではない。
 知識は、先天性のものではなく後天性のものだから、良い環境良い師に恵まれ、教育、訓練、習練、鍛錬して学習し蓄積しなければならない。良い師に巡り会えるには、人間観と人格が修養されていなければ、その機会に恵まれても必ず逃げてしまう。
道は、知りえた知識を叡智・知恵に変化させることができるが、決して一朝一夕にしてできるものではない。
 情操的な感性力・創造力・発想力・仮説仮想力・イメージ力が人としての底辺になければ知識も宝の持ち腐れとなる。知識が必要でないというのではなく、知識にこだわり過ぎると、机上の空理空論になり、理屈を捏ね回す議論に終始して留まり、結果的に問題解決ができない。
 真のリーダーは、思想・哲学・宗教観を持ち、リーダーの役割りや使命、公平無私をよく理解し、志を実践し、それらを人生の芯に位置付けることのできる人でなければならない。それが真のリーダーである。そういう人間観を持った人格者でなければならない。
 リーダーとは指導者であり、道=自然の理を指し示す人のことをいうわけだから、人の道としての範を示す必要がある。多くの人々の手を携えて道を歩かなければならない。そこには、当然のことながら責任というものが生まれる。

 宇宙は、たえず進化し発展し造化している。モノゴトの始まりが宇宙の創生(ビッグバン)であるとするなら、その宇宙の摂理=自然の摂理は、天の道であり、人の道であることは明らかである。ならば、人の道は造化、変幻自在、生成化育するものであることを知識ではなく、身体で会得経験・体験できるように日々勉励しなければならない。
「仏作って魂入れず」のような、知識だけの空理空論では人格者になることは難しい。人格者でないということは「リーダーになる資質はない」ということになる。
 そのような人々が集まったところで、それは烏合の衆であり、本来の真のCSR(社会的企業責任)を全うすることは不可能である。人の世の役に立つことなど到底できようはずがない【※附則2(儒学について)参照】

   
     
   

 

   
   

>>>次回へ続く