橋本英夫の知的好奇心

 

モノからコトへ=文明と文化の核融合【モノとコトの核融合】

 
   

 戦後60年のあいだ、モノづくり中心の経済によって日本社会が確立されてきた。ところが、経済の成長軸が先進国から発展途上国へ移行していくことで、日本のモノづくりの環境も激変し、生産拠点が海外へ移動している。さらに技術基礎研究拠点も、それに引きずられるように海外へ移動をはじめている。
 日本のお家芸である技術立国という立場が危ぶまれており、日本経済が失速するのではないかと老婆心ながら危惧している。
 日本政府は、内需を拡大しなければならないというが、内需拡大の政策が明確化されないところに憂鬱の種がある。経済の専門家は、内需を拡大しようというのであれば、GDPの70%を占めるサービス業を活性化しなければならないとしているが、これからの時代に必要不可欠な事業、いわゆる医療・福祉・観光のサービスにおける政策議論が活発化しないままである。
 サービスには「カタチ」がなく、モノづくりのように定量・定性、すなわち数値化ができにくいことから普遍的になりにくいということがいえる。基礎データがないということは、その効果を予測することも難しく、それらの方針を立てることもできない。
 また、モノづくりとそれに伴うメンテナンスなどにおいては、モノづくりとサービスが業種横断的に存在する。
 サービスというものの性格、品質を徹底検証して、サービス指標などの定義を明確にし、サービス業の指針を作らなければならない。
 たとえば不動産業において、売上からの数量ベースで把握できていても金額ベースの統計はない。道路貨物輸送全体の売上高は分かるが、個別のメール便や宅配便の統計もないなど、モノとサービス変化における動態調査は存在していない。
 つまり、サービス業態の基礎データが揃っていないということが、経営方針や戦略を練るうえにおいて弊害となり、未来への投資を削減する要因になっている。(脚注*1)
 さらにサービスは、生産と消費が同時に発生するものであり、在庫を持つことができないことから規模の経済を創出しにくいという側面がある。
 また、消費者のニーズに個々個別に対応することがサービスの真骨頂だといえる。ところが、その時々の状況によって個人のサービスに対する要求が異なる。さらには社会のニーズやウォンツによって、個人の趣味や嗜好が変化する。こういうことに左右されて、一元的なサービスでは顧客の満足を得られない。つまり、サービスを提供する側には、個別のサービスの内容が安定せず均質化させにくいということである。
 したがって、顧客の定着化、すなわち顧客ロイヤルティが低いということになり、定期的な買換え需要も見込めないことから、サービス業を規模の経済としてとらえることができない要因になっている。
 また、生産性の面からすると、一人当たりの労働生産性がモノづくりに比べて極端に低いことも挙げられる。
 以上のような問題点が、複雑に絡み合って、サービス業の動向・動態基礎データの蓄積が放置されている。つまりリスクが恐く、また儲からないところには、政府の誰でさえも手を出さないということである。
 こういう考え方には、大反対で、
 私は、『誰も儲からないと思っているところに、そして、リスクがあると思って誰もが敬遠するところに、さらには熟成仕切ったビジネス』に、儲かる種が、腐るほどあると考えている。
 実はマイナス要因が、イノベーションのシーズだと言っても過言ではない。
 つまりは、成長する道が閉ざされているわけではなく、サービスの定義を見直して再構築(リストラクチュアリング)を図るところに、かつ、新しいサービス技術の風を送り込むことで企業の未来が見えてくる。

 さらに、サービスを議論するには、文化と文明を考察し、歴史認識を含めて検証しなければならない。
 文化とは、民族固有の地域性のものと言えるが、価値観、行動の規範の体系が見えない。つまり、それをカタチのない精神的なものと解釈すれば、「真・善・美」の価値の構造であるといってもよい。各地域における民族は、見えないものを、芸能・芸術・スポーツ・建築等でカタチにして「見える化」しているといえる。
 また、行動の規範としては、例えば日本では、土着風俗風習、仏教、儒教の影響を受け、明治以前の時代につくられた武士道などは「葉隠れ」の精神とともに、現代の日本社会の精神文化を位置づけるのに貢献しており、さらには恥の文化、年長者への敬意、箸を使うなどが挙げられる。
 現代社会においては、民族固有の文化を反映した産物・芸術がグローバルな文化交流を経て、音楽、絵画、アニメ、武道などのように各国に移植されているものもある。
 文明とは、科学・工学に代表される「ある種」普遍的な知識の体系で、それは他の文化圏の民族に対しても言語の翻訳を介して一律に伝播できるが、文明の成果は、主に人間の生活環境制約の除去に向けられ、都市、移動手段、宇宙、原子力、ITなどに成果が著しいといえる。
 「文明と文化」の接触交点はあるが、それらが融合して文化人類学上において新たに「何か」が誕生するということはない。つまり、普遍性のあるのが文明であり、文化は特定の地域に根ざすものであるからだ。
 その意味において、情報処理技術と情報通信技術の進歩によって、文明が文化を駆逐する可能性がでてくるかもしれない。
 こう考えると、文明と文化を融合させる事業、つまり、在来からある方法論や原理ではなく、人社会の新しい価値の創出することが不可欠になる。それが、現代社会人の責務で、それによってサービス産業のイノベーションが図られることになる。
 加えて、「文明と文化」を簡潔に、乱暴に言い切ってしまうと、文明とはモノ(物質)であり、文化とはコト(精神・心)だと定義できる。
 これら「モノとコト」の結合性や融合性は生まれにくく、サービスは精神=心=文化であり、カタチのない「コト」であるといえる。であるが故に、サービス業を数値化できないのは、個人が多種多様な「心」の価値観で生きているからである。
 心の価値を定量・数値化できないにしても、文明と文化を融合させて、つまり「モノとコト」を融合・結合させる新たな経済思想を生むことで、サービス業が日本の経済を支える大きな産業として見直される。(新たな経済思想は、サービスの業務動態基礎データによって見出される可能性がある)
 しかし、少子高齢社会が文化へ移行している証左だとしても、サービス業が経済活動の中心をなすという保証はない。
 『モノとコト』を融合させる触媒のような融合思想の力が働かなければ、日本経済の内需創出の路線は不可能といってよい。では、その触媒力を何に求めて、いかなる役割りをさせるのか、その指針を構築することが、日本の未来成長戦略になる。
 つまり、その触媒力が知識集約のITであり、ITの活用の仕方によって飛躍的な生産性の向上が計られる。つまり、ITの活用がなければサービスに普遍性が生まれない。普遍性が生まれないところに内需拡大を望むのは絵に描いた餅と同じといえる。
 しかし、個々の価値を普遍性のあるものにするには、先にも書いたがサービス業の政策を定義して法制度化しなければ経済活動の軸にはならない。
 同時に、モノとコトを融合させる思想、つまり融合思想・哲学を考案しなければならないのは言うまでもない。

 期末な世の中の出来事に例を挙げて説明する。
 デパートの売上げが減少しているのは、文明・モノと文化・コトのボタンのかけ違いによって生じている現象と言える。デパートに限らず多くの産業界で、モノとコトを融合できないことから経済活動が疲弊している。
 トヨタのリコール騒ぎも、コトのサービスを疎んじている結果にすぎない。そういうことに、端を発していることへの気づきがない。
 トヨタが、このことの気づきがなければ、トヨタの生産方式は世界に通用しなくなる。実はリコール騒動が、その兆候であり、世界のグローバル化は、日本人の考えるグローバル文化の押しつけを跳ね返している。
 ちょうど、民主党が与党となり政権を掌握したが、日本人の思考方法、つまり日本人の精神文化=カタチのない日本独特の文化を世界に押しつけようとしたのと同様である。つまり沖縄普天間の移設問題に代表されると言ってよい。
 モノとコト=物質と精神・心の融合性を創造した新しい価値ビジネス、つまり、サービスイノベーションを発想するということである。
 今までに、サービス業を分析して定義し解説したビジネス専門書物が、ほとんどない。なぜなら、定量・定性に基づいて数値化しにくく暗黙知で事業を運営しているからだ。
 文明と文化・モノとコトについて、サービスを「サービス技術品質」を工学的理論に基づいて発明し、カタチのない精神性の心象表現をカタチにすることで「モノとコト」を核融合させる。その方法論は、情報処理技術と情報通信技術を駆使することによって完成できるのではないかと提案する。
 一日も早い基礎データを揃えることである。そして、モノとコトを融合させる思想・哲学を定義づけて、新しいサービス業の方向性とサービス産業のベストプラクティスを提起しなければならない。
 その責任を我が社で担いたいと、日々、死にもの狂いで取り組んでいる。

註*1
 GDPにおける約7割を占めるサービス産業の実態把握、第三次産業の経済統計の整備が必要である。名目生産額と名目生産額を実質化するための価格統計(デフレーター)が直近の課題といえる。
 総務省、経済産業省「動向調査・動態調査」は徐々に進んではいるもののサービス産業におけるデフレーターの課題が解決できる状況にはない。同行・動態調査をおこなうために、政策で予算確保を促して、学術的な見地、専門分野的な見地からの研究が必要であるといえる。
 また、CSPI(企業向けサービス価格指数)統計を定義化して、その方向性を見出さなければならない。現在は、総務省の「産業連関一覧」から、品目設定の部門数について、サービス業は122であり、工業統計調査の品目数1821と、サービス業の品目数は極端に少ない。
 こういうところから解決をしていかなければならない。つまり、具体的な基礎データに基づくことで、日本の未来成長戦略が見えてくる。