知の領域を学ぶ

 

時代は技術革新を求めている。橋本流“イノベーション基礎学”のススメ第11回

知的資産経営がイノベーションを起こす <其の2>

 
 

 
   

 「モノからコトへ」 の潮流において 「知的資産経営」 がいかにイノベーションを推し進めるかを説く2回目。今回は 「ヒューマンプロセスマネジメント」 について詳しく述べる。

   
 

イノベーションを起こす本質的要素

 
   

 社員の持つノウハウは、企業にとって貴重な知識や知恵の結集であり、企業はその知識と知恵によって支えられている。つまり、一人ひとりが地道に積み上げるノウハウは、英知の塊りとなって、他に真似ができないものとなり、また英知を持続的に確保・継続・結集することで、革新=イノベーションを確実なものにすることが可能になる。
 知的資産経営では、企業固有のノウハウと社員個人の持つノウハウが密接に繋がったものによって、それぞれ企業のオリジナル商品が作られ、またサービスが提供されていくようでなければならない。

 多くの経営者から 「製造業にサービス精神は要らない」 という声を聞くことがあるが、それは大きな誤解である。
 モノづくりにもサービスの心がなければ、より良い商品は生み出すことはできない。またモノを売る現場にもサービスがあり、カタチのないものを売るサービス業にはなおのことである。モノにもコトにも “本質的サービスの心” がなければ、次代のビジネスを創造することは不可能と言ってよい。
 たとえて、モノづくりのサービスの視点から言えば、トヨタのリコール問題がそれである。マニュアルどおりに作業を消化していれば良しとする効率生産主義から発生している問題であり、あの問題は起こるべくして起きていると言ってよい。
 地域性においては使用方法の違いや、その時々に千変万化する人間の心のありようをマニュアルどおりに普遍化されたコンピュータで制御するということは困難であり、設計の段階で折り込んでおかなければ対応は困難だ。
 これへの答えは、サービスというカタチのない水面下の、また側面のイレギュラー的な事項を技術品質に反映しなければならないところがある。言わば、五官に感じられない 第六感(勘) のようなものを定量・定性的に置き換える必要がある。
 人のココロが感じる 「定量化できないアヤフヤなところ」で発生した問題であることは確かだが、サービスの根本精神を極めていれば未然に防止できた問題であると言えるだろう。
 つまり、「レクサスを高級ブランドに仕立てて販売する/サービスを提供する」ということをリッツカールトンホテルで学んでカタチは作れても、社員の本質的な精神までは作れなかったのだ。今回のトヨタの問題は、その本質的な精神がモノづくりに生かせなかったということに尽きる。
 つまり、それが企業が備えている英知であり、個人が持つ知識と知恵である。それらが企業のノウハウにならなければ企業の永久的存続は不可能だ。

 残念なことに、企業が持つ 「人材・組織力・技術・技能・ブランド・顧客とのネットワーク・経営理念・サービスの本質」などは、財務諸表に表すことができない。
 企業の中で長年のあいだに培われたノウハウ、知識や知恵、組織そのもの、技術、技能、本質的サービスなどを生かした経営は「知的資産経営」 として差別化ができ、市場におけるその企業の絶対的優位を形成する。にもかかわらず、多くの経営者はそのことに気づかない。それらの要素は目に見えにくいからである。しかし、気づかないから放置しておいても良いのか?これには反対者が多いはずである。
 実は、財務諸表に表されない 「人材・組織力・技術・技能・ノウハウ・ブランド・顧客とのネットワーク・経営理念・サービスの本質」 こそ知的資産経営の本質的な要素であり、これらは企業がイノベートしていくための基礎・基盤になると言ってよい。

   
 

イノベーションを進めるには資金が必要

 
   

 言葉で説明したり書くことはそう難しくはない。ところが、実際の業務においてイノベーションを起こしていくのは至難のワザである。なぜなら、知的資産という目に見えないもの、すなわち財務諸表に表すことのできないノウハウを創出し、また、それを維持し持続するのは至難のワザといえるからだ。
 持続・継続には莫大な資金力が必要となる。資金調達の具体的方策が、経営の重要課題であり、次への戦略ロードマップにおいてのステップで最大のボトルネックとなる。
 つまり、財務諸表に表れない知的資産を金融機関が評価することを会計上において認められていない。ところが中小企業は、間接金融に頼らざるをえないことも事実だ。頼らなければならないのに頼る法律がない。金融機関の矛盾がそこにあり、経営を運営していく上において金融機関の貸し渋り、貸しはがしなど、これ以外にも様々に経験をする。
 たとえば政権が代わって、返済期間を猶予(モラトリアム)する法律が施工され、資金繰りが楽になったように錯覚する一面があるが、この法律は中小企業にとって一時凌ぎの対応であり、企業が直面する根本解決に繋がるわけではない。
 なぜなら、この政策を利用するということは、「私の会社は経営に行き詰まってダメ会社です。倒産寸前です」と自ら名乗りを上げるようなものだからである。返済できなくなったということは自己破産と同様に受け取られる。したがって「この企業には成長するシーズがない。成長シーズがない企業に資金需要があるとは思えない」こう解釈されるのが至極当然の理解である。
 金融機関からすれば、そのような企業は返済能力がなくなったのであり、回収ができなくなる可能性があるという判断がなされる。企業からすれば 「返済猶予をしてもらうほうがよほど恐い」 という笑えない結果になる。

   
 

金融機関と行政への提言

 
   

 しかし、金融機関が知的資産経営を学ぶ必要がある。
 現在行なっている金融機関の主な業務は、短期的な金融商品を作り、その営業に日夜奔走していると言ってよい。
 企業と向き合って、経営資源である人的資産・組織資産・関係資産などの情報を集合させて、企業の成長性・持続性などを正しく評価することはしていない。
 したがって企業経営の実態把握調査など到底できるような状況にはなく、金融行政のあり方によって、金融検査マニュアルなどの信用格付けによる画一的な判断を強いられているのが実態であると言ってもよい。
 信用格付けでは、定量的な財務諸表だけで判断される傾向にあり、定性的な人的知識要因は、ほとんどの場合は削り落とされる。企業が自社の“目に見えない”強みに気づかないだけでなく、評価する金融機関も、それら企業の強みに目を向けようとしない。
 しかし、金融機関もサービス業であるからには、中小企業が持つ知的資産の評価基準を新しく構築しなおして融資を増やさなければならない責務を持っている。この構築には会計基準を見直す法律の制定など、その法制度化に困難はつきまとうだろうが、モラトリアムとは別次元の検討が必要である。知的資産が会計・税務的に法制度化できれば、中小企業の成長度は飛躍的に伸長するであろうことを予測する。

 そこで提案であるが、金融機関も各企業が持つ商品やサービスを評価できるノウハウを作ってはどうか。
 つまり、特別な「金融目利き委員」を作る。急務として、企業の知的資産を評価できるノウハウを身につけた目利き委員会を創設する。そのうえで、政府主導のもと、金融機関の目利き・政府関係委員の目利きに従って一定枠の中小企業貸し出し融資特別枠の設置を金融機関に義務づけたものを法制度化する。このほうが、(返済期間を猶予するよりも=モラトリアム)よほど企業に成長力が増し、国の成長戦略が生まれ未来に夢ができるというものである。(知的資産等と知的財産等の融合、かつブラックボックス化したノウハウを構築している企業の選定=政府認定)

   
 

経営の全ては人に帰結する

 
   

 中小企業の知的資産経営を政策によって支えることは時代の急務である。モラトリアム(債務返済猶予)で後ろ向きになっている経営を救うことも必要であるが、それより以上に必要なことは、中小企業のノウハウ(知的資産)を育成することが、国家の経済成長戦略として急務である。それには、中小企業の知的財産の運用や活用が不可欠であると前述してきた。
 多種多様な企業をクロスさせて、息吹を吹き込むことも大切なことであり、また企業と学術研究者との融合も必要となる。国を挙げて取り組んでもらいたいと強く要望するところである。
 さらに視点を広げれば、学究的な最先端技術だけに目を向けるのではなく、成熟したサービス業であっても、ありふれたサービス業であっても、一定の技術や特異・特別なノウハウや知的資産(政府主導の目利き委員会の創設によって特定する)があれば、先でも触れたが資産担保価値評価するという会計基準の見直しをする。
 政府は、最先端技術のような目新しいことだけに目を奪われるのではなく、生活に根づき、地域に根づいた企業の知的資産を掘り起こしていくことを政策的に行わなければ、中小企業の知的資産は宝の持ち腐れとなる。
 誰でもが、華やかさを追い求める。しかし、それではロングライフ商品やサービスは生まれない。つまり、老舗と呼ばれる100年、200年企業が育たないということに他ならない。
 重ねて書くが、政府が政策として 「草の根」的にある中小企業の財産・知的資産を育成する。併せて、知的資産経営企業の会計基準と税制を見直して法制度化すれば、多くの中小企業の活動が活発化して国内需要が活性化し、新たな雇用創出も可能になる。

 「知的」 ということは人間の特権である。人の営為の集積である企業活動を見る際も、「知的(知識・知恵・英知・ノウハウ)」 という観念的要素を正当に評価し、知的資産を資産価値評価として認める法的整備を急いでほしいと思うところである。
 そして経営者は、自企業の人材の育成を急務としなければならないのは言うに及ばない。つまり経営のすべては人に帰結するという理由からである。