知の領域を学ぶ

 

時代は技術革新を求めている。橋本流“イノベーション基礎学”のススメ第8回

ITで生産性と品質を高める <其の2>

 
 

 
 

■パッケージソフトでは生産性を高めることはできない

 
   

 しかしながら、その優れモノのITもツールの域を出ない。ツールである以上、使い方と活用方法が大切だ。正しい使い方をしないで間違った使い方をすると、間違った答えが出てくるのは当たり前のことである。

 そういう意味で、多くの中小企業がITのパッケージソフトを使用している点は問題だ。パッケージでは社内業務のオペレーションが円滑に機能しない。販売管理ソフト、会計管理ソフト、顧客管理ソフトなど、どれ一つを取り上げてみても自社の業務オペレーションに完全に合っているものはなく、実際の実務・業務と乖離しているのが現実だ。
 たとえて言えば、合わない服に自分の身体を合わせているようなもので、身体にフィットしないから、合わせようと無理やりダイエットしたり、サプリメントで栄養補給するようになる。つまり、二次三次入力の必要が生まれて、コスト削減のために導入したはずのITが、現場の業務に合わないだけでなく、機能しないせいで「ムリ・ムダ・ムラ」が発生する。

 さらにソフトの互換性がなく、データが貯まるばかりで、宝の持ち腐れとなる。ITを目先の課題解決の道具としてのみ使ううちに経営陣は近視眼的発想しか湧かなくなり、全体を最適化する戦略の構想力など誰一人として持ち合わせがなくなるというのが、ITに頼る弊害である。さらに経営者は、現場の実務を知らないことから、システムを導入したことで全ての業務が円滑に流れているという錯誤を起こすようになる。

 また、パッケージソフトは、一つの産業における典型的業務について平均的処理をされたものにすぎず、自社の業務とは微妙に食い違うところがある。
 たとえば、会計ソフトを例に挙げてみれば分かりやすい。勘定科目一つとっても、税法の解釈の仕方、商法の解釈の仕方によって会計処理が変わる場合があるが、パッケージではそれらに対して融通性がない。
 もちろん、会計処理上において融通がきかないように作られている面はある。つまり、改竄があってはならないからだ。しかしながら、内部統制の範囲内で、企業独特の判断処理が必要な時もある。それが一切できなくなっているのだ。もちろん、アネハ建築士のように、それでも改竄をしてしまうハイテクニックを持っている人間もいるにはいるが、一般にそのような例は論外中の論外である。
 ITシステムを自社で開発して調えようとするならば、人材の問題も含め、それに伴う膨大な開発コストが必要となり、とてもではないが無理という結論に達する。だから安直にパッケージソフトに頼るわけだが・・・ このあたり、実に悩ましい問題だ。

   
 

 
   

 中小に限らず大企業も同じだ。各部署の業務フローを整理して、各業務オペレーションを仕組み化しなければならない(ISOの業務フロー整備に似ている)。
 各部署単位のオペレーションを仕組み化して、ITシステムを構築していくとする。ところが、ITシステムを構成する言語が違ったり、処理の仕方が違う。また、システム構築の前に各部署のオペレーションを仕組み化しなければならないのに、膨大な業務オペレーションを仕組み化できる人材が不在だ。他社との相互乗り入れや、部署内及び部署間の業務オペレーションを仕組み化して全体最適化できるシステムエンジニア(SE)は、少ない。
 多くの管理者や経営者は、全体最適化の作業をSEに求めるが、各部署オペレーションを仕組み化するのはITシステム以前の問題であり、全社内業務の工程分析と経営のセンス(人材育成・労務管理・財務会計管理・生産工程管理・マーケティング・販売営業管理・各部署の法的制約・生産技術・商品開発技術など)に精通していなければ、仕組み化することは不可能と言える。
 つまり、企業内業務を仕組み化できる管理者がいたうえで、それを全体最適化することに精通したシステムエンジニアとプログラマー(PG)がいなければ、一元管理などできようはずがないし、可視化(見える化)の促進などできようはずがない。したがって、暗黙知を形式知に変化させることは至難のワザといえる。

 仮に、できたとして、それだけのITシステムを使いこなせる需要先は見つからない。使い手の人間教育から始めなければならないし、同時に、今までの業務を仕組み化して全体最適化するコストは莫大な投資になるので、どこの企業も敬遠する。

 だから、全世界のITに関っているSEとPGの誰も、それをやろうとしないし、そういう学問も生まれることはない。
 したがって、役に立たない、使えないデータベースばかりができあがる。そのデータを他部署のデータとリレーションして、そのリレーションの成果をさらに仕組み化して全体最適化につなげる設計思想はついに実現されず、ITシステムとして組み上がることもない。
 そこに欠けているのは、各部署においてできる膨大なデータのいわゆる“串刺し”=リレーション=共有化された情報処理である。二次・三次入力のない一元管理システムが構築されるには、ITシステムによるリレーションが必須なのだが。

 「新たなデータベース」が可視化(見える化)されたり、情報管理帳票ができたり、業務指示書が策定されたり、顧客への情報提供書が策定されたり、つまり管理者の要らない現場が完成して初めて、コスト削減に繋がる。
 この次元にまでITシステムが構築されて初めて、次世代のITシステムによる全体最適化が完成したと言える。
 ITシステムを設計する場合には、最低限、業務が仕組み化されていることと、ITによる串刺しの設計思想(業務プロセスの全体最適化)がなければならない。このことが理解できるSEやプログラマーが必要だということである。
 すなわち、一元管理と口では簡単に言えるが、フロント(営業・販売・CS・代金回収)からバックオフィス(生産・物流・会計財務・労務)までを一元化(二次三次入力のない)して管理する設計思想がなければ、複雑で多岐にわたる業務フローのオペレーションをカスタマイズすることはできないのである。