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知の領域を学ぶ |
時代は技術革新を求めている。橋本流“イノベーション基礎学”のススメ第9回 ITで生産性と品質を高める <其の3> |
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前回は、営業・販売などのフロントから生産・物流・会計財務・労務などのバックオフィスまで一元管理するシステムを構築するにはパッケージソフトでは限界があることを述べた。「ITで生産性と品質を高める」――今回はそのまとめと復習である。 |
■ITシステムを導入・構築する前の大切な仕事 |
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日本政府は電子立国としてのインフラ整備に余念がなく、さらにサービス業へのIT導入を強く求めている。ITによって生産性を向上させることが最大の狙いである。
中小企業におけるIT化というのは、パッケージソフトによる運営が主体であることは前回に述べた。そのせいもあり、IT化によって生産性が際だって向上したという例は、寡聞にして聞かない。
政府およびコンピューターシステム関連業界は、クラウドコンピューティングで次期世代のITにおける活路を切り開こうとしているが、結果的には「帯に短し、襷に流し」のようであり、各企業の業務の実情に合致・融合させたITシステムの全体最適化には至りそうもない。
なぜなら、どの企業にも企業独特のオリジナルオペレーションがあり、そのオリジナルの業務運営の方法や仕方があり、また、企業ごとに独自の生産技術を持っているからだ。つまり、業務のオリジナル性がマネのできない商品やサービスを生むのであり、それが積み重なって「ノウハウ」となり、コモディティ化されにくい優位性が形成されるのである。
ところが、この優位形成(ノウハウ)とITのあいだに矛盾が生じるのである。なぜなら、優位形成(ノウハウ)を持っているがゆえにパッケージソフトの汎用では間にあわないと言え、その一方においては、パッケージソフトで賄えるようであれば、その企業には「ノウハウ」がないということになって市場から敗退となる。 実は、この矛盾が中小企業のITシステム化への道を阻んでいると言ってよい。 つまり、ITシステムを作る際のコストの問題である。たとえば、カスタマイズシステムを作ってもベンダーは儲からないから、ベンダーは、難しく手のかかるシステムには手を出すことはない。こういうイタチゴッコを食い止めるには、政府が政策的に打開する手立てを講じなければならない。この矛盾を解決しなければ、中小企業のIT化への道程は遠く険しいと言わざるをえない。
要約すれば各企業には、それぞれ長年のあいだに培われてきた「他社とは、似ても似つかない」業務単位・レベルがあり、それらは各企業独特のオペレーションによって運営されている。その独特なオペレーションが汎用パッケージソフトで「まかなえる」ということはありえないと考えるのが、私の持論だ。
さらに、パッケージソフトはそれぞれのソフトの互換性もなく、業務単位で処理しなければならないというところから、二次、三次入力の発生が余儀なくされる。そのための人員確保が必要になって、コスト削減どころか、さらに上積みの人件費・コストが必要になる。
生産性を高めようとしてITを導入した結果、別な運営コストが、アナログ処理でこなしていたとき以上に必要になりかねないのだ。そうなれば、生産性の落ちた企業は市場競争から追い出される。
さまざまな意味において、汎用のパッケージシステムでは、商品やサービスの性能、機能性、便利性において他社に遅れを取り、結果的にコストに負荷を与えてしまい、市場から敗退ということになりかねない。IT化の真骨頂は、各業務のオペレーションを仕組み化して、ITでカスタマイズシステムをつくるところにある。そのシステムがコストパフォーマンスにおいて負けることのない企業が創出できなければ、IT化を推進する意味はないと言える。
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ITカスタマイズシステムは高生産性を維持できるようにするだけでなく、各業務のオペレーションを繋いで(連携)処理することにより(「串ざしIT=一元管理システム」1月号参照)、結果的に消費者の潜在需要を創造し、顧客を囲い込んでロイヤルティを高めることにも良い影響をもたらす。
販売・営業のフロントオフィスと生産・現場のバックオフィスの並列処理が可能になり、それらのデータベースを分析・解析することで戦略の構想とその実行を、つまりベストプラクティスを推進していくことができる。さらに、その効果の検証が容易になれば、次の一手を視野に入れたITシステムの戦略がつくりやすくなるからだ。
また、「串ざしIT=一元管理システム」は販売チャネルを増やす以上の効果がある。無理に新たな販売ルートをつくる必要も、そのためのコストも不要となり絶大な経費対効果が期待できるようになる。
オペレーションを全体最適化したそれぞれの情報がデータベースとなって、それらがトレーサビリティを得て顧客満足度の向上に一役も二役もかってくれる。つまり、高度なCRM(Customer Relationship Management)のそれであり、リピーターが増加し、ロイヤルティの高い顧客が確保できるようになる。
さらに、データベースをシステム化することで労務管理にもリンケージできる。すなわち、客観的数字・数値にもとづいた定量・定性評価が可能になり、上司の主観的感情や暗黙知による人事考課を減らし社員のモチベーションが向上する。加えて、会計・財務とリンケージすると、計り知れない管理費及び人件費コストの削減となる。
このような間接的な管理サイトの充実は人件費を削減させるだけでなく、人と人のコミュニケーションが良くなって、業務のムリ・ムダ・ムラが省かれ失敗やミスがなくなることになる。
繰り返して言うが、技術・商品・品質の開発と追究は、コストとは相反関係にある。したがって、開発課題のソリューションとコスト削減のためには、業務オペレーションを仕組み化し、カスタマイズITシステムで全体最適化を図り、そのデータベースを蓄積すべきである。さらに、独自の情報処理をそこに加え、全業務を分析・解析することで、会社の弱みや強みの傾向を発見したり、予測を立てられるようにするべきだ。しかるのちに、業務・生産コストを削減し、削減分を開発に回すのである。
つまり、コストパフォーマンスと研究開発の二律背反を同時進行させなければならない。非常に難しいことではあるが、この二つの課題に真剣に取り組んでいる会社が、最後は勝つのである。
くどいようではあるが、もう一度復習しておこう。
企業が永久に存続するためには、前章(2009年7月〜11月号)で書いたように、GMのようにならない技術研究開発の手を打っていくことが重要課題である。なぜなら、ITは重要ではあるが、ツールの域を超えないからである。
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■合理性と人間性を磨いて両立させる |
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社内のオペレーションを全体最適化できるカスタマイズシステムを持つには、1月号でその必要性を説いたように、全業務を洗い出して仕組み化することが必須である。それには、プロセスの工程分析をするベテラン、スペシャリストが必要だ。 しかし、多くの中小企業がここで間違える。その作業をシステムエンジニア(SE)に求めてしまうのだ。システムエンジニアはシステムのエンジニアであって工程分析の専門家ではなく、業務を仕組み化するための知識を持っていない。知識を持っているのは各企業のトップ、もしくは担当役員か部門長である。ここを錯覚してSEや外部のシステムベンダーに丸投げしても、自社の業務オペレーションに合致・融合したITシステムは完成させられるはずがない。 この問題も、いく度となく書いてきた。導入・開発コストをかけただけでシステムがお蔵入りとなり、何の役割りも果たさずに終わるという問題である。 不完全なシステムを導入すれば、次の工程にバトンするための二次、三次入力が発生する。二次・三次入力は入力ミスを誘発し、その箇所を見つけるのは至難のワザだ。 コンピューターであるが故に一ヶ所のつまらないミスが後の工程を狂わしていても誰も気づかず、間違ったまま工程が進んでいく。ミスが発覚したときは後の祭りだ。そのような事態が重なるうちに各部門や担当者間に不信感が生まれ、社内コミニュケーションが阻害される。これを食い止めるためには入力履歴の記録など追加のセキュリティシステムが必要となるが、それもまた、完全なものである保証はない。これでは企業ガバナンス(内部統制管理)など望むべくもない。 便利である反面、ミスが起こった際の結果は非常に恐い。それがITによる一元管理システムというものだ。しかしながら、リスクを恐れていたのでは企業には進歩もなく、成長・発展もない。トップの決断と実践力が試されるゆえんである。 問題をこのように考えていくと、社内の業務プロセスとオペレーション・フローの的確なデザインが何よりも先決問題であることが分かる。それには、最高経営責任者自らが、業務オペレーションの全体最適化への取り組みに対し、果敢に挑戦する覚悟を決めなければならない。厳しいことかもしれないが、それがトップの仕事というものである。 カスタマイズされたITシステムの導入に成功すれば、見える化(可視化)によって、すべての業務のトレースが行われて責任の所在が明確になり、次の工程を考えた仕事の仕方ができるようになる(暗黙知の排除 ボトルネックの解消)。 その結果、各自のモチベーションが確実に上がる。経営者は、それが技能力や人事考課と結びつき、正確に収入に反映されるような仕組みをつくるべきだ。つまり、誰にも分かりやすく、上司の暗黙知が介在せず、適正な評価がなされるようにすべきである。 しかしながら、こういった合理性だけを追いかけてはならないのは言うまでもない。合理性の反対側にある感性・精神性を合わせて追求しなければならない。 これらを総合して言えば、「世の中の役に立つ」人間を目指すことである。合理性と人間性が磨かれることで、企業人として目指すべき道のりの半分以上が達成されたことになる。 なぜなら、ITシステムを設計して作るのも、使うのも、人間だからである。ITは、ツール以上にはなり得ないとして、この章を結ぶ。 次章は、ITについての内容を念頭におきながら、「知的資産経営」のテーマへと進む。 |